• ポジティブ・ディシプリン コミュニティ

ポジティブ・ディシプリンからの恩恵

お住まいの自治体で

子育てサークルや子育てを支援する講座など、多いでしょうか。


ポジティブ・ディシプリンは、元々

子どものこころや体を傷つける罰をなくす目的で生まれたプログラムです。


子どもの心身を傷つけないことは、とても大事ですが

ポジティブ・ディシプリンの子育てを続けてきて、

私にもたらされた一番の恩恵は、子どもの権利の考え方でした。


今回は、私なりの「ポジティブ・ディシプリン」から得た恩恵を書き留めてみます。


ポジティブ・ディシプリンだけではなく、子育て講座では様々な知識や知恵を受け取ることができます。例えば

  • なぜ一生懸命子育てしても、子どもがいうことを聞いてくれないのかの理由のヒントを得る(例:悪いところばかり言うから)

  • 子育てのヒケツと言われる「褒める」をどうやったらいいのか知る(できているところを認める)

  • 自分のイライラを解消する方法を見つける(自分の時間を持つ)

  • 親のやりがちでうまく行かない言動を知り、子どもへの違う伝え方を知る(肯定文で言う)

  • 子どもの言い分や子どもからの見方を知る(3歳の子は複数の指示は覚えられない)

このように、講座で聞かれることは

子育ての仕方はこうしたらいいよ、というものが多いように思います。

ポジティブ・ディシプリンでも、

子どもに多く見られる特徴的な発達の知識や、脳の仕組みや発達の情報提供をしています。


このような知識は、毎日忙しく頑張っている養育者が陥りがちな

子どもと衝突するだけの関わり方を見直したり、子どもの気持ちを知るヒントをくれます。


ただ、他の講座とポジティブ・ディシプリンが

決定的に違ったと私が実感するのは、

子どもとの関わり方のコツを知ったことではなく

子どもという存在の捉え方が変わったことです


私にもたらされた一番の恩恵は、子どもの権利の考え方でした。

実は、ポジティブ・ディシプリンの考え方の3つの柱の一つは

子どもの権利の原則なのです。


ポジティブ・ディシプリンでは

子どもの気質や今まさに発達している能力に目を向け、

得意なことは力が十分発揮できるように、苦労しているならチャレンジできるように、

安心な環境づくりと情報・サポートを考えます。

子どもの感じ方や考え方を尊重し、

子どもの意見に耳を傾け協力して、子どもに働きかけます。


このような関わり方を続けていたら、私に知らぬ間に変化が起こっていました。

それは、ふっと子どもが目に入ったときに

子どもは今どんなことを体験していて、どんなことに困ったり、何に喜びを感じているんだろうと思うようになったことです。


そして、

何かを教え込むわけではなく、

聞き出すわけではなく、自然で何気ない世間話が日常になりました。

「そういえば、この前言ってたあの件どうなった?」とか

「それ好きだねー。前も見てたよね」とか


当たり前のことと感じるかもしれませんが

以前の私は、

子どもが何ができないかできるかで見ていたように思うのです。

子どもが問題を起こさない時は、自分のことにかかりきり、

子どもが何か問題を起こした時に、子どもにはじめてきづく感じです。


例えば、子どもがランドセルや脱いだ服を置きっぱなしだと、

子どもに「ちゃんと片付けて」と注意を向け

子どもが私の気に触ることをしていなければ、注意が向かない。


伝わるでしょうか。これってかなり大きな変化なのです。


例えてみますと、お店に入って店員さんをどう見るかに似てるかもしれません。


Aパターン:感じがいい店員さんだな、気が利くな、愛想がなくて感じ悪い、注文取りにくるの遅い!と気にかける見方

Bパターン:この店員さん今日は元気ないのかなとか、どんなことが趣味で、今幸せに暮らしているのだろうか、と気にかける見方

以前の私は、子どもを見る目にAパターンがかなりありました。

でも、今はAパターンのように、

子どものできるとこやできないことに目を向けるのでなく、

Bパターンで見ていることが多いです。


Bパターンは、恐らく、よく聞かれるフレーズ

「子どもは、自分の所有物ではなく、一人の人間である」

という見方と同じだと思います。


どんな人生を生きていて、どんなことに困っていて、今幸せを感じているだろうか、

と心を持つ一人の人間として、子どもを見ています。

子どもを、子どもの状態のままで一人の人間として大切にする考え方は、

「子どもの権利」の考え方です。

子どもを、一人前でない存在だとか、大人の付属物のようには見做しません。

かけがえのない子どもの命は、

国際条約(#子どもの権利条約)によって

世界から「子どもの権利」を与えられていることを知り、

ますます子どもとは、私が侵しがたい一人の人間だと感じました。

子どもには生まれながらにして、生きることや育つ権利があるのだから、私に何かあっても、社会が助けてくれるとも感じます。


子どものいわゆる“尊厳”を感じられるようになりました。

そして、子どもの力や成長を信じることは信念となり、

「子どもの権利」の考え方は子育ての軸になっています。


ポジティブ・ディシプリンで子育てをしても、

子どもとの生活が穏やかで問題がなく幸せな24時間ということはないと考えます。


問題を持たない人生はない。

いくらどうやっても病気にはなるし、事故にも会うかもしれないし、感染症に脅かされることもあります。

同じように問題を持たない家族もないでしょう。

養育者のどちらかが鬱になるかもしれないし、失業するかもしれないし、子どもが学校に行けなくなるかもしれない。


私たち親は、問題にぶつかった子どもから、いつか生きると言う意味自体を問われることがあるかもしれない。

例えば、

なんで人は死ぬのに、頑張って生きなければいけないのか。

なぜ勉強をしなければいけないのか。

誰にも迷惑をかけてないのに、なぜ自傷行為をしてはいけないのかなど。


その時に、小手先の対応のコツ、小手先の子育ての知識だけでは

太刀打ちできないと思います。

子どもの存在を、子どもの声や命を、どのように見ているか、

どのように子どもを扱ってきたかによって、私たちの回答の力強さは変わることでしょう。

私は、もちろん今でも

子育ての様々な困難を感じる時がありますが、

子どもの権利を尊重でき、子どもの人生と向き合うことができるので、

これからも子育てを何とかやっていける自信が持てています。


子どもの権利に基づく子育てへの自信は、

私が「ポジティブ・ディシプリン」から得た恩恵です。

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