• ポジティブ・ディシプリン コミュニティ

人に迷惑をかけないように、人に迷惑をかけない子どもを育てるって


ポジティブ・ディシプリンの講座では、講座2日目に、

子育ての本当の目標(「#長期的な目標」と言います)を確認します。

多くの方が実は持っているのですが、聞いてみると「改めて考えた」とか「思い出した」と言って、目から鱗というリアクションがあります。

#長期的な目標 とは、

20歳になったお子さんになってほしい性格や特性、人柄、加えて20歳の時なっていたい親子関係のことです。

そこで「人に迷惑をかけない人」という長期的目標を話してくださる方が多いです。

日本の様々な子育てアンケートでも、この目標を見かけます(Benesse,2018、太田,1999)。ただ、この目標ってすごく奥が深いと感じます。なぜなら、もっともだと共感する一方、現代では子育てしにくくなっちゃうんじゃないかと、心配するからです。

戦前の子育ては、

土地に定着した狭い世界で顔なじみや家族に囲まれ、

人口でいうと3人に1人が子どもでした(厚生労働省,2018)。

それは、子どもの発達段階を知らない人はあまりおらず、

子どもは外で遊んだり、いろんな実験(いたずら)をしたり、泣いたり笑ったりするのが当たり前で子どもの声は迷惑には当たらない社会です。

そんな中で「人に迷惑をかけないように」育てるというのは、物を盗まないとか人の道を外さないように教えることとイメージができます。

現代の日本はというと、

地縁血縁のない都市生活で核家族が増え、人口密度は世界平均の6倍になり、

子どもの割合は8人に1人、大人は会社・子どもが学校と活動場所も分かれています。

すると、日常空間は大人中心社会になり、周囲は知らない人も多く、

マンションで子どもが走れば「迷惑」、

バスやスーパーなどの公共空間で子どもが泣けば「迷惑」と言われかねない。

実際、大学生への調査で「身近な子どもの存在、子育てをしている人の存在」は、子育てへの迷惑感・拒否感と関係すること(身近に子どもがいない人ほど、子どもの声や泣きへの迷惑感が高い傾向)が明らかになっていますし、養育者の方からも「迷惑そうにされる」と気持ちを伺います。

こうなると、私は「迷惑をかけないって何?」と考えてしまいます。

すると、「社会的迷惑」について考えてくれている研究者(斎藤,1999)を発見!

社会的迷惑とは、

「私が不快に思うことは社会に迷惑である」と言った表現はここでは妥当なものとはいえない。行為者が自己の欲求充足を第一に考えて、他者に不快な感情を生起させる行為である

とのこと。

けれどこの行為者が「子ども」の場合、どうでしょう?

子どもの「欲求充足」は、

自立したい気持ち、安心したいというSOSであることが多く、そのために泣いたり大声で訴えたりします。

また、自分の言動が「他者に不快な感情を生起させる」ことを理解できるまでに、誕生してから数年かかります。

そうであれば、子どもが自立できるようにその子なりに練習する時間と空間が必要ですし、子どもが安心できるような環境が必要です。自立や安心は子ども一人で促進するのでなく、親や周りの対応があってこそなので、親が話して子どもの言い分を聞き子どもの感情の嵐が鎮まる時間と、それを親が安心してできる周囲の皆さんが作る温かな環境が大切だと思います。


ここで、

子どもが電車で泣いていたり、道で駄々をこねていたりして、大人のペースを乱すのは迷惑なのではという考えがあったとすると、

もう一方で、子どもが自立を練習するペースや安心できる環境を乱す周囲の大人って迷惑な存在なのではと考えることができます。

子どもは泣いたり怒ったりと積極的に表現しますが、迷惑がる大人の方は「温かい目では見ない」「声をかけない」「小言を言う」と目立たない表現な分、子どもの言動がより目立つのかもしれません。

明治初期、海外の人が日本の子育てを見て、子どもを叱ったり罰するのは稀で子どもには自由があり「子どもの楽園」と報告していたり、日本の研究者が江戸時代の子育てを子ども中心の共感的で寛大な配慮があると説明しています。

でも、現在は日本で生まれる子どもは減り、海外で子育てを経験した親の多くは、日本に比べて海外では「赤ちゃんや子連れに優しい社会」であると述べます。

具体的には、

海外には外出時における周囲の人による移動手伝い、

妊婦や赤ちゃんへの「声掛け」や「温かいまなざし」などがあり、

その結果、「子育てが楽しい」と感じるということです(内閣府政策統括官調べ,2009)。

長いこと書きましたが、言いたいことは、今子育てをしている養育者の方と子どもがあまりに「迷惑」を気にしすぎないでほしい、「迷惑じゃないよ」とか「実はあなたが迷惑を受けている方なの」と他の見方をする人がいますよー!と言うことです。

書籍にあるメッセージもご紹介します。

フィンランド社会から私たちが学びたいのは、

一人の市民が一人の市民として発言することができ、

それに共感したり反対したりすることもできる自由な社会のあり方です。

子どもであっても自分の意見が自由に言える社会をめざさないと、子どもたちは生まれてきてくれないと思います。

なぜかというと、子どもが自由に発言できる環境というのは、

その子どものそばにいるお母さんも自由でいられる、幸せでいられる環境なのです。

すぐ身近にいるパートナーにだいじにされ、義理のお父さんやお母さんにだいじにされ、近所の人からもだいじにされる。命として尊重されることが必要です。(2009,渡辺久子さん)

「迷惑をかけない人」に育てるときには、

どこかの親子が自分たちのペースで育っているとき、その育ちを妨げない 「迷惑をかけない大人」になるように、もっと言うと 「命を尊重する」大人に育てるのはいかがでしょうか。

ポジティブ・ディシプリン コミュニティ

引用・参考

ベネッセ教育総合研究所(2018)幼児期の家庭教育国際調査【2018年】

蛭田由美(2014)子育て期における家族の健康問題と保健行動の課題

厚生労働省(2018)我が国の人口動態

太田素子(1999) 子育て文化史のなかの「伝統」 と 「近代」

内閣府政策統括官(2009)子育てしやすい環境、製品・サービス、手法などを海外から学ぶ~海外で子育て経験のあるパパ・ママ、100人インタビュー結果~

総務省統計局(2015)国勢調査

渡辺久子他(2009)「子どもと家族にやさしい社会フィンランド」

#デモクラティックな保育 #子どもの権利 #発達段階 #かんしゃく

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