『子どもの権利条約』メモリアルイヤー、特集記事 第2弾!
暴力も罰もいらない前向きなしつけ「ポジティブ・ディシプリン」の土台には、『子どもの権利』があります。さて、子どもの権利ってなんなのでしょう。
突然ですが、想像してみて欲しいのです。
権利がない世界を。
ちょっと架空のお話で、考えてみましょう。
あなたは小さい土地ですが住む場所があり、そのお庭には木登りができ、友人との秘密基地でもあり、夏には木陰を作ってくれる大好きな木があります。
あなたの土地の周囲は、Aさんが広く使っています。Aさんは、果樹を植え、畑を作り、家畜を飼っています。Aさんはその町の議会で大いに発言しており、雇用もしているので、地域でとても顔が広いです。
ある日、Aさんが、「あなたのところの木が大きくなりすぎたので、切ってしまいたい」とチェンソーを持ってきたとしたら、あなたはどうしますか?
もしかしたらあなたは、その木が自分にとってどんなに大切かを話して、切らないように説得するかもしれませんね。
それでもAさんは、Aさんの理屈で聞き入れなかったらどうでしょう。「私が土地の有益な使い方は一番よく知っている」と言ったらどうでしょう。周りの人たちもAさんの話を聞き入れ、あなたの話を聞き流したらどうでしょう。
加えて、Aさんが大人で、あなたが子どもであったら、この話し合いはどうなるでしょうか。
ここで、権利、例えば「所有権」という概念があったら、話が変わるでしょう。
あなたはこの土地や木の「所有権」は私にあるから、勝手に切ることはできないと話すことができ、周囲の人も「それならそうだね」と言うようになります。
もしあなたが子どもであって、「所有権」という言葉を知らないとしても、「この木は私の。大好きな木を切るのはやめて」と話したなら、少なくとも大人は「所有権」を確認して、あなたの意見を尊重してくれるでしょう。
このように考えると、「権利」とは、
大きな発言力や権力を持つ相手に対し、自分の大切なものを守るために主張できること、そして聞き入れられることと言えるでしょう。
私たちがついつい優先してしまうもの、例えば大きな声の強気な主張、大人の都合、利益を上げた人からの説得、目先の利益などから、「権利」は考え直す機会を与えてくれます。
『子どもの権利』とは、この例え話のように、公正に扱われるべき権利を子どもも持っていることを忘れないようにするものです。子どもであっても意見が大事にされる存在であること、もっと言うと、子どもが意見を言い、人生や取り巻く社会について自ら考え、主体的に関われるようにサポートすることが、より良い社会を次世代に繋ぐ大人の役割です。人間は、18歳や20歳になったら、突然権利を理解して、行使して、他者と調整できるようにはなりません。ましてや、子どもが、自分の権利を完全に理解し、主張し、実践することも難しいですから、年齢や成熟度に応じて、子どもが「権利」を行使できるように大人が引き出し、子ども時代から、個人に大切なもの(生きる権利・育つ権利・守られる権利・参加する権利)を保証することが必要となります。
「権利」をみんなが知ることで、
お互いに同じように「権利」を持っているのだから、お互いの「権利」を大切にするという方向で、トラブルを予防したり、問題が起きても解決法を考えることができます。「権利」は、みんなにとってより公正な社会を作る一つの手段です。
資本主義の日本では、経済的に安定している大人が、多くの物事を決めます。国のルールやお金の使い方を決める議員は、50歳以上が7割弱を占めます。議員の9割が男性です(衆議院2017当選者)。子ども(15歳未満)の数は、昭和25年には3人に一人が子どもでしたが、今や8人に一人(H29年度)です※1。社会づくりにおいて、子どもの発言力や存在感は非常に小さいと言えるでしょう。
次世代の作り手である子ども達は、多くの活動が学校という場所に限定され、大人が作った学習要領に沿って大人が作った教科書通り、授業計画通りに多くの教科が進められ、大人が作ったテストで採点をされ、順位づけや評価をされます。学校の先生は、授業内外で工夫や尽力をされていますが、どうしても授業計画通り進めるため、一方的なコミュニケーションになりますし、通信簿も一方的な通知であることは変わりません。
次世代の作り手である子どもの発言力は、日本社会で引き出し、生かしきれていないでしょう。
『子どもの権利条約』は、第二次世界大戦後に、大人が引き起こした戦争や地球環境の悪化、災害、極度の貧困により、人類の生存そのものが困難になる深刻な恐れから、平和な世界を求めて作られたものです。
平和な世界、持続可能な世界を作るパートナーとして、子どもを歓迎するにはどうしたらいいでしょうか。『子どもの権利』が導きになります。
条約は、差別の禁止、子どもの最善の利益の確保、生命・生存・発達への権利、子どもの意見尊重などを一般原則として、(略)子どもの一人の人間として成長し自立していく上で必要な権利をほとんど規定している。※2
日本では、子どもの権利行使を支援する大人側の経験不足が指摘されています。
ひとつには、(略)権利のもつ法的意味(自己の尊厳の確保、立法・政策策定の基礎となる基本思想、権利侵害に対する法的救済の根拠など)とわがまま・甘えがいわれる次元の差異についての理解、ふたつには、上記のような権利についての子どもの理解の不十分さ、わがままと正当な権利の行使との混同について、大人側の見極める力、および、これを子どもに自覚させ、正当な権利行使を援助できる力量が問われているといえる。※3
ポジティブ・ディシプリンでは、
様々な形で、養育者の方が自ら「子どもには何が必要か」、言い換えると「子どもの権利とは何か、どうサポートできるか」を考える場を提供し、大人として見極める力を引き出します。そして、大人としての力量が育つ時間と機会を守ります。
子どもなりの主張とか夢を聞き入れて、叶うような社会、政策を行う国になるように、まずは家庭から『子どもの権利』に目を向けてみませんか。
※1 総務省統計局 「我が国のこどもの数 -『こどもの日』にちなんで-」
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi1010.html
※2 「子どもにやさしいまちづくり」日本評論社
※3 「新解説 子どもの権利条約」日本評論社