【親子をともに大切にするために】 赤ちゃん返り 困らせたいの? それとも、つながりたいの?
- ポジティブ・ディシプリン コミュニティ

- 3 日前
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更新日:2 日前
第二子が生まれると、
「急に抱っこばかり求めるようになった」

「自分でできていたことを『やって』と言う」
「赤ちゃんのような話し方をする」
「親の会話を遮ったり、わざと困らせるような行動が増えた」
といった変化が見られることがあります。
こうした行動を私たちは一般に「赤ちゃん返り」と呼びます。
赤ちゃん返りには、甘えが含まれていると考えられます。ただし、ここでいう甘えとは、単なるわがままや怠けではありません。
子どもが不安や疲れを感じたとき、
信頼する大人に近づき、抱っこや世話を求めることで安心を取り戻そうとすること。
自分ではまだ十分に整えられない気持ちを、親との関係の中で落ち着かせようとすること。甘えには、そのような発達上大切な働きがあります。
第二子の誕生によって、それまで自分に向けられていた親の時間や視線は、赤ちゃんにも分けられるようになります。上の子は、親から愛されなくなったわけではないと頭では少しずつ理解できても、不安や寂しさなど感情が強いときには、その理解を保つことが難しくなります。
そこで、
何度も「抱っこして」
「自分でできない」
「赤ちゃんを置いて」
という形で、親とのつながりを確かめようとすることがあります。
大人から見ると、言うことを聞かない、しつこく求める、わざと困らせるように感じられる行動の奥に、
「もっと近くにいてほしい」
「自分のことも見てほしい」
「今も大切にされていると確かめたい」
という親和的な欲求が含まれている可能性があります。
もっとも、こうした行動は、忙しいときや親に余裕がないときほど重なりやすく、実際にとても困るものです。困ったり、いら立ったりするのは自然なことです。
大切なのは、
「私を困らせるためにしている」
とだけ決めつけないことです。
子ども自身も何かに困り、親とのつながりを求めた結果として、その行動が表れているのかもしれません。
一方で、子どもが寂しいに違いない、自分の関わりが足りないからだと、親がすべてを自分の責任として引き受ける必要もありません。
子どもの行動の意味を想像することと、その意味を決めつけることは違います。
「寂しいのかもしれない」
「一緒にいたいのかもしれない」
「それとも、今日は眠くて余裕がないのかもしれない」
と、いくつかの可能性を持って眺めることが、親子双方に余白を生みます。
甘えは、なくすべきものではありません。
しかし、甘えを理解することと、子どもの要求をすべてかなえることも同じではありません。
子どもの気持ちを受け止めながら、親にも限界や都合があることを伝える。そのうえで、応じられなかった後にもつながり直す。
そのバランスについて、次回は考えていきます。




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